日本(にほん)からの新しい(あたらしい)移民(いみん)

真鍋(まなべ) 淑郎(しゅくろう) (まなべ しゅくろう)気候(きこう)学者(がくしゃ)気象(きしょう)学者(がくしゃ)。2021(ねん)ノーベル物理学賞(ぶつりがくしょう)受賞(じゅしょう)

2020(ねん)国勢調査(こくせいちょうさ)によると、アメリカ合衆国(がっしゅうこく)には、(やく)160(まん)(にん)日本人(にほんじん)()()いた(ひと)がいます。1970(ねん)までは、日系(にっけい)アメリカ(あめりか)(じん)がアジア(けい)アメリカ(あめりか)(じん)(なか)でもっとも人数(にんずう)(おお)いグループでしたが、今日(きょう)では、中国(ちゅうごく)(けい)、インド(けい)、フィリピン(けい)、ベトナム(けい)(およ)韓国(かんこく)(けい)アメリカ(あめりか)(じん)が, 日系(にっけい)アメリカ(あめりか)(じん)(かず)上回(うわまわ)っています。これは、(おも)に1965(ねん)移民法(いみんほう)緩和(かんわ)されたことにより、これらの(くに)からの移民(いみん)人数(にんずう)大幅(おおはば)増加(ぞうか)したことによるものです。40パーセントを()える日系(にっけい)アメリカ(あめりか)(じん)が、(ほか)人種(じんしゅ)()()多人種(たじんしゅ)です。(ほか)のアジア(けい)アメリカ(あめりか)(じん)よりは割合(わりあい)(すく)ないながら、日系(にっけい)アメリカ(あめりか)(じん)(なか)には戦後(せんご)やって()移民(いみん)(かず)(おお)く、全体(ぜんたい)(やく)3(ふん)の1をしめています。「(しん)一世(いっせい)」と()われる戦後(せんご)移民(いみん)は、1924(ねん)以前(いぜん)移民(いみん)とその人口的(じんこうてき)内容(ないよう)(おお)きく(こと)なり、中産(ちゅうさん)階級(かいきゅう)出身者(しゅっしんしゃ)(おも)で、女性(じょせい)割合(わりあい)(たか)くなっています。

 

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当時(とうじ)語る(かたる)インタビューから

ショーンに(オノ ヨーコ()のご子息(しそく))「東京(とうきょう)でコンサートするから()ない?」って2008(ねん)呼ば(よば)れて。で、その(とき)はその(ひと)(ばん)のために日本(にほん)行く(いく)なんてちょっとねえ……って思っ(おもっ)てたんですけど。(わたし)(うた)案外(あんがい)ミュージシャンにとっては、ついていくのが難しい(むずかしい)んです。だから「日本(にほん)のミュージシャンには無理(むり)かなあ」なんて思っ(おもっ)てたんです。彼ら(かれら)(だれ)かぜんぜん知ら(しら)なかったし。でも、実際(じっさい)にやってみるとそれがピシャッとついてきたんですよね。あっ、これはどういうことかしら?って思っ(おもっ)て。そのついてくるっていうことがね――(わたし)(いま)までの経験(けいけん)では、世界中(せかいじゅう)ですごく尊敬(そんけい)されているようなミュージシャンたちでも、(わたし)についていくのは難しかっ(むずかしかっ)たんです。(そのライヴの(とき)に)ふと(うしろ)()たら、みんなニコッとしてるのね。それが凄い(すごい)!と思っ(おもっ)てね。みんな自然(しぜん)力ん(りきん)だりしてないのよ。皆さん(みなさん)すごいミュージシャンだったわけでしょ。それでショーンとね、「ママ、アルバムを作ろ(つくろ)うよ」なんて(はなし)になった(とき)に、「あの(とき)のあの(ひと)たちを呼ん(よん)でよ」って、呼ん(よん)でもらったの。

オノ ヨーコ

ローリングストーン日本(にほん)(ばん)、2009(ねん)10(がつ)(ごう)のインタビュー記事(きじ)より