日本
日米関連年表
アメリカ合衆国
会津若松藩地区からの非公式移民団体がカリフォルニア州に渡り、短命に終わったアメリカ最初の日本人植民地(若松コロニー)をゴールドヒルに建設する
会津若松藩地区からの非公式移民団体がカリフォルニア州に渡り、短命に終わったアメリカ最初の日本人植民地(若松コロニー)をゴールドヒルに建設する
地租改正条例が交付され、税制が物納から金納へと変わる
政府募集の初めての官約移民がハワイに農場労働者として渡航する
ハワイ王国との間で日布修好通商条約が結ばれ、日本政府が移民にパスポートを交付する
民間の移民会社の設立が始まる
ハワイの二世からなるニューアメリカンコンフェレンスの、初大会が開催される
ハワイ準州政府による日本語学校の規制が、最高裁判所に否決される
フランス領南インドシナ進駐する
日米交渉が決別する
日本軍が真珠湾を爆撃する
日本軍がグアム、ペナンを占領し、香港を制圧する
ルーズベルト大統領へ、日系アメリカ人の大部分はアメリカ政府に忠実で、日本との開戦になっても国家安全に危機をもたらすものではないとの報告が提出される
日本政府にハルノートを提示、中国からの撤退を勧告する
日本軍が真珠湾を攻撃、3500人以上のアメリカ兵の被害者を出し、ハワイに厳戒令がひかれる
アメリカ議会が日本への対戦布告を承認する
西部国防司令部設立、保安上の理由から日本人、ドイツ人、イタリア人の追放を支持する
根拠のない日系人によってのスパイ行為が政治家、報道によって取りざたされる
米国海軍が日系人の危険性はドイツ人、イタリア人と同様で、市民権の有無にかかわらず、個人を判断すべきだと報告する
連邦捜査局が、牧師、日本語教師、新聞発行人、各種団体責任者などの、日本人移民の指導者達を逮捕する
ジャワ島のバタビア、ビルマのラングーンを占領する
東京への初の空襲が行われる
ミッドウェイ戦でアメリカ海軍が日本海軍を大破する
最初の交換船「グリップスホルム」が日本人の帰国のために
アメリカに向けて出向する
ニューギニア島で日本軍が全滅する
ドウィット司令官が日本国籍、アメリカ国籍所有者の日本系市民の強制立ち退きを開始、日本人系市民への夜間外出禁止令も布かれる
戦時民間管理局が16箇所の集合センターを開設し、約92000人の老若男女を留置する
ミノル・ヤスイが夜間外出禁止令の合法性を法廷で争うため、オレゴン州ポートランドで自首する
ルーズベルト大統領が大統領令9102号に署名、戦時転住局を開設する
ワシントン州シアトル近郊のベンブリッジ島で初の市民排除命令が実施され、45家族が一週間の猶予で強制立ち退きを命じられる
収容者が、戦時転住局の10箇所の収容所に送られ、転住局、司法省、その他の収容所に送られた収容者は、最終的に12万人にのぼる
ゴードン・ヒラバヤシが強制立退き命令に背き、合法性を裁判で争うために自首する
ミツエ・エンドウにより、強制収容に反対して人身保護礼状の要求が申請される
東京で大東亜会議が開催される
第442連隊戦闘団がルーズベルト大統領により発表される
ハワイ州から1万人、本土の収容所から1200人の日系人が志願兵となる
ドウィット司令官が日系人の米国に対する忠誠心を計る術はなく、軍部の許可なく西海岸地域に戻るべきではないと証言する
米国最高裁判所が、軍事的必要から夜間外出禁止令は合法とする判決を下す
忠誠心登録が行われ、忠誠心のある者とない者が分けられる
ツールレイク収容所が、不忠誠とみなされた者の隔離所に認定され、警備が強化される
東条英機内閣が総辞職する
神風特攻隊が初出撃する
第442連隊戦闘団がフランスで、ドイツ軍に包囲された211人のテキサス大隊兵の救出に、800人以上の犠牲者を出して成功する
フレッド・コレマツの強制立退き拒否に対する有罪判決を最高裁判所が支持する
最高裁判所が忠実なアメリカ市民を本人の意志に背いて監禁することはできないという判決を下し、日系人の隔離命令が撤回される。
沖縄の陸戦が繰り広げられる
降伏文書に調印し、第二次世界大戦が終結する
連合国最高司令官総司令部による日本占領が始まる
広島、長崎に原爆を投下し、第二次世界大戦が終結する
約88000が、住居や職を失い反日感情をおそれ、収容所に残留する
日本国憲法が公布される
トルーマン大統領が「敵兵だけでなく、偏見と戦って勝利を得た」と第442連隊戦闘団を称える
トルーマン大統領が日系アメリカ人Evacuation Claims Actに署名し、3800万ドルが支払われる
戦時中のゴードン・ヒラバヤシ、ミノル・ヤスイ、フレッド・コレマツへの有罪判決が覆される