トップページ 1: 船出(ふなで) いっせい はんにちとちほう こうか しゃしんはなよめ 2: 緊迫(きんぱく) にせい よくりゅうしょ じょうほうほうこく きょぎほうこく 3: 立ち退き(たちのき) あつりょく しみんどうめい しゅうようじょ ちゅうせいとうろく 4: 不和(ふわ) こうぎしゃたち そうきかいほう にゅうたい ツールレイク 5: 復帰(ふっき) さいしゅっぱつ ばいしょうきんうんどう げんだいのにっけいじん しんせだい ねんぴょう 原文 | ENGLISH 反日(はんにち)土地(とち)法(ほう) イチゴを収穫(しゅうかく)する一世(いっせい)達(たち)(1910年(ねん))ワシントン州(しゅう)ケント Courtesy of the University of Washington Libraries 1913年(ねん)に始まり(はじまり)、反日(はんにち)的(てき)な政治(せいじ)圧力(あつりょく)から、日本人(にほんじん)移民(いみん)にアメリカ西海岸(にしかいがん)地域(ちいき)での農地(のうち)を購入(こうにゅう)、または借入(かりいれ)を禁じ(きんじ)た外国(がいこく)人(じん)土地(とち)法(ほう)が制定(せいてい)されました。意図(いと)は人種(じんしゅ)差別(さべつ)的(てき)なものと、経済(けいざい)的(てき)理由(りゆう)の双方(そうほう)でした。この支持(しじ)者(しゃ)達(たち)は西海岸(にしかいがん)地域(ちいき)は「白人(はくじん)の土地(とち)」であるとして、一世(いっせい)が荒地(あれち)を実り(みのり)豊か(ゆたか)な農場(のうじょう)に変え(かえ)ていくのに敵意(てきい)を抱い(いだい)たのです。 この法(ほう)はかなり回避(かいひ)的(てき)な表現(ひょうげん)になっています。「市民(しみん)権(けん)を取得(しゅとく)できない外国(がいこく)人(じん)」は農地(のうち)を購入(こうにゅう)、または借り入れ(かりいれ)ができないとしているのです。この部分(ぶぶん)は、アメリカ市民(しみん)権(けん)を「自由(じゆう)身分(みぶん)の白人(はくじん)」と「アフリカ人(じん)の血(ち)を引い(ひい)た者(もの)(元(もと)奴隷(どれい))」に与える(あたえる)とする連邦(れんぽう)移民(いみん)法(ほう)から来(き)たものでした。アジア人(じん)はアメリカ市民(しみん)権(けん)を取得(しゅとく)することが許さ(ゆるさ)れず、従って(したがって)この土地(とち)法(ほう)は、アジアからの移民(いみん)だけに適応(てきおう)される結果(けっか)となったのです。 一世(いっせい)は、当初(とうしょ)、親日(しんにち)派(は)の人(ひと)から土地(とち)を借りる(かりる)か、アメリカ市民(しみん)である子供(こども)達(たち)の名前(なまえ)で土地(とち)を買う(かう)などして、この禁止(きんし)令(れい)を回避(かいひ)することができていました。その後(そのご)、より厳しい(きびしい)土地(とち)法(ほう)によって、その生活(せいかつ)は困難(こんなん)なものとなり、この新天地(しんてんち)で歓迎(かんげい)されない存在(そんざい)であることを、ひしひしと感じ(かんじ)させられることになるのです。これらの外国人(がいこくじん)土地法(とちほう)が撤回(てっかい)されたのは、1940年代(ねんだい)後半(こうはん)に日系人(にっけいじん)によって数々(かずかず)の法的(ほうてき)な起訴(きそ)を起(お)こされた後(あと)のことでした。 前のトピックへ ・ 次のトピックへ 当時(とうじ)を語る(かたる)インタビューから 父(ちち)と父(ちち)の友達(ともだち)が全部(ぜんぶ)で四(よん)家族(かぞく)集まっ(あつまっ)て、ワシントン州(しゅう)のトーマス村(むら)に50エーカー(約(やく)6万(まん)坪(つぼ))ほどの土地(とち)を買い(かい)ました。沼地(ぬまち)でしてね。父(ちち)達(たち)が排水(はいすい)溝(こう)を作っ(つくっ)て、木(き)の切り株(きりかぶ)をダイナマイトを使っ(つかっ)て掘り起こし(ほりおこし)ていたのを覚え(おぼえ)ていますよ。年々(ねんねん)、だんだん整地(せいち)していってね。四(よん)家族(かぞく)がそれぞれに家(いえ)を建て(たて)ました。外国(がいこく)人(じん)土地(とち)法(ほう)が布か(しか)れていたもので、一番(いちばん)上(うえ)の子供(こども)の名前(なまえ)で、その土地(とち)を購入(こうにゅう)していたんです。1920年(ねん)頃(ころ)でしたか、新鋭(しんえい)のキング郡(ぐん)の検察官(けんさつかん)が、知事(ちじ)の座(ざ)を狙っ(ねらっ)ていましてね。それで、土地(とち)法(ほう)関係(かんけい)の裁判(さいばん)を利用(りよう)して、評判(ひょうばん)を得よ(えよ)うとしたんです。彼(かれ)はそれは多く(おおく)の一世(いっせい)の農夫(のうふ)達(たち)を起訴(きそ)しましたよ。私(わたし)達(たち)の一(いち)件(けん)では、父(ちち)達(たち)がごまかして、土地(とち)の購入(こうにゅう)を行っ(おこなっ)たと言い立て(いいたて)たんです。その結果(けっか)、土地(とち)と、そこに自分(じぶん)達(たち)で建て(たて)た家(いえ)は没収(ぼっしゅう)されました。それで父(ちち)達(たち)は、自分(じぶん)達(たち)の土地(とち)を没収(ぼっしゅう)したその州(しゅう)から、今度(こんど)は土地(とち)を借り(かり)なければならないはめになってしまったんです。 ジム・ヒラバヤシ サンフランシスコ州立(しゅうりつ)大学(だいがく)名誉(めいよ)教授(きょうじゅ)、人類(じんるい)学部(がくぶ)創設(そうせつ)者(しゃ)