長洲未来、アメリカ代表オリンピックフィギュアスケート選手(2009年) Courtesy of MIrai Nagasu Official Website - copyright Leah Adams
日本(にほん)からの新しい(あたらしい)移民(いみん)

現代(げんだい)では、新しい(あたらしい)日(にち)米(べい)間(かん)の移民(いみん)が、この両国(りょうこく)の関係(かんけい)を物語っ(ものがたっ)ています。2009年(ねん)10月(がつ)現在(げんざい)で、合衆国(がっしゅうこく)に住む(すむ)日本人(にほんじん)は384,411人(にん)でした。この中(なか)で37%にあたる142,017人(にん)が永住(えいじゅう)者(しゃ)で、在米(ざいべい)の在留(ざいりゅう)邦人(ほうじん)数(すう)は、他国(たこく)に群(ぐん)を抜き(ぬき)最多(さいた)となっています。日本(にほん)の大(だい)企業(きぎょう)は、合衆国(がっしゅうこく)でアメリカ人(じん)を雇用(こよう)し、特に(とくに)太平洋(たいへいよう)岸(がん)地域(ちいき)では、日本(にほん)のポップカルチャーが人気(にんき)を得(え)ています。日本(にほん)からの商社(しょうしゃ)員(いん)の子女(しじょ)は、アメリカで両国(りょうこく)の言語(げんご)と文化(ぶんか)を持ち合わせ(もちあわせ)た世代(せだい)へと成長(せいちょう)し、毎年(まいとし)、多く(おおく)の日本(にほん)の学生(がくせい)が、合衆国(がっしゅうこく)の高校(こうこう)、大学(だいがく)に留学(りゅうがく)しています。

100年(ねん)以上(いじょう)前(まえ)の一世(いっせい)の集団(しゅうだん)移民(いみん)の時代(じだい)と比較(ひかく)すると、現在(げんざい)の日(にち)米(べい)両国(りょうこく)間(かん)の関係(かんけい)には大差(たいさ)が見(み)られ、戦後(せんご)の協力(きょうりょく)体制(たいせい)、日本(にほん)の経済(けいざい)的(てき)な発展(はってん)は、合衆国(がっしゅうこく)への新しい(あたらしい)形(かたち)での移民(いみん)を生み出し(うみだし)ました。日本(にほん)から合衆国(がっしゅうこく)への、著名(ちょめい)な移住(いじゅう)者(しゃ)には、アーティストでミュージシャンでもあるオノ ヨーコ、国際(こくさい)的(てき)に知名度(ちめいど)の高い(たかい)バイオリニストの五(ご)嶋(とう)みどり、そしてオリンピックのフィギュアスケート選手(せんしゅ)の長洲(ながす) 未来(みらい)などがあげられます。

 

前のトピックへ前のトピックへ

長洲(ながす)未来(みらい)、アメリカ代表(だいひょう)オリンピックフィギュアスケート選手(せんしゅ)(2009年(ねん))
Courtesy of MIrai Nagasu Official Website - copyright Leah Adams

当時(とうじ)を語る(かたる)インタビューから


ショーンに(オノ ヨーコ氏(し)のご子息(しそく))「東京(とうきょう)でコンサートするから来(こ)ない?」って2008年(ねん)に呼ば(よば)れて。で、その時(とき)はその一(ひと)晩(ばん)のために日本(にほん)に行く(いく)なんてちょっとねえ……って思っ(おもっ)てたんですけど。私(わたし)の歌(うた)は案外(あんがい)ミュージシャンにとっては、ついていくのが難しい(むずかしい)んです。だから「日本(にほん)のミュージシャンには無理(むり)かなあ」なんて思っ(おもっ)てたんです。彼ら(かれら)が誰(だれ)かぜんぜん知ら(しら)なかったし。でも、実際(じっさい)にやってみるとそれがピシャッとついてきたんですよね。あっ、これはどういうことかしら?って思っ(おもっ)て。そのついてくるっていうことがね――私(わたし)の今(いま)までの経験(けいけん)では、世界中(せかいじゅう)ですごく尊敬(そんけい)されているようなミュージシャンたちでも、私(わたし)についていくのは難しかっ(むずかしかっ)たんです。(そのライヴの時(とき)に)ふと後(うしろ)を見(み)たら、みんなニコッとしてるのね。それが凄い(すごい)!と思っ(おもっ)てね。みんな自然(しぜん)で力ん(りきん)だりしてないのよ。皆さん(みなさん)すごいミュージシャンだったわけでしょ。それでショーンとね、「ママ、アルバムを作ろ(つくろ)うよ」なんて話(はなし)になった時(とき)に、「あの時(とき)のあの人(ひと)たちを呼ん(よん)でよ」って、呼ん(よん)でもらったの。

オノ ヨーコ

ローリングストーン日本(にほん)版(ばん)、2009年(ねん)10月(がつ)号(ごう)のインタビュー記事(きじ)より