第二次世界大戦前の情報報告
1930年代、情報各局は、戦争の際、アメリカの国家安全を脅かす可能性のある外国
に関する情報を収集していました。連邦捜査局、アメリカ海軍や民間の捜査機関は、危険とみなされるつながりを持つ外国人達の身上調書を作成していたのです。フランクリン・ルーズベルト大統領は、日系一世と二世に関する情報報告も指示しています。その結果、開戦の際、日本人の血を引く人達は、他のどの団体と比べても、特に危険度は高くはないと報告されました。捜査員達は、ほどんとの一世は、合衆国に少なくとも消極的ながらも忠実で、二世は、アメリカ市民としての強い自覚を持っているという見解を示したのです。それでも人種的な偏見から、アメリカ政府は、ドイツ人とイタリア人に対しては、特別人物だけ厳密調査したのに比べ、日系人は全員危険性があるとしました。連邦捜査局は、日系一世を宣戦布告の際に逮捕すべき「容疑者」として挙げ、A,B,Cにグループ分けしたリストを製作しています。「A」のグループは文化団体、または日本を援助するような団体の指導者達、「B」はそれよりは疑惑度の低い一世達、「C」は日本団体への寄付者、日本語学校教師と仏教僧でした。個人的な恨みから、一世の競争相手の名前を、連邦捜査局に密告するという場合もみられます。大戦中に20人の日本政府の工作員が逮捕さましたが、全員白人で、日本人の血を引いた情報部員は皆無でした。ちなみに、第二次世界大戦前、戦中、戦後を通して、スパイ行為や妨害行為で、有罪判決を受けた日系人は一人も存在しません。
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