海を渡った日本人移民・移住者と郷里とのつながり
~現在に遺る日本人移民・移住者が出身地域に遺した記憶・痕跡~
その記憶を未来へつなぐために
これまでの記事で見てきたとおり、日本人移民・移住者は異国の地で新たな生活を築きその国・地域の発展に大きく貢献しただけではなく、日本の郷里へも多大な貢献をしていました。そして、その足跡は、顕彰碑や寺社仏閣、教育施設など、日本各地に現存し、その貢献を静かに語り継いでいます。
他方、日本の人口減少に伴うコミュニティの衰退を背景にして、その保存と継承が大きな危機に直面しています。前記事で紹介したように、例えば、和歌山県すさみ町にあった旧江住中学校体育館「南記念館」や山口県周防大島町の旧屋代小学校講堂などは、人口減少によって学校が廃校になっています。また、寺社に残る日本人移民・移住者が寄進して整備された玉垣や鳥居も、風化や倒壊によって次第に姿を消しつつあります。
各地域で展開される記憶継承の取組
こうした状況に対して、各地域において記憶継承の取組もはじまっています。和歌山県美浜町三尾地区は、多くのカナダ移民・移住者を輩出した地域であり、移民・移住者がカナダから持ち帰った洋風の生活様式が根付き、今も洋風建築の住宅が残っています。この地域の歴史を背景に、洋風建築を活用した「カナダ・ミュージアム」やゲストハウス、レストランの整備を進め、地域活性化の取組を進めています。また、小中学生を対象にした「語り部ジュニア養成」の取組を行い、同地区を訪問するルーツツーリズムの観光客等を対象にガイド活動を行っています。これらは、英語教育に加えて、地域の子どもたちがふるさとの歴史を学び、伝える機会になっています。また、山口県周防大島町では、ハワイとのつながりを活かした観光振興が行われ、瀬戸内のハワイとしてイベントや店舗が展開されています。学校教育でも、移民の歴史を副読本で学び、日本ハワイ移民資料館へのフィールドワークが実施されるなど、次世代への継承が図られています。
さらに、地域の郷土史家や研究者による活動も重要な役割を果たしています。和歌山県の那賀移民史懇話会は、自治体や大学と連携し、同地域に残る移民に関する資料の収集・整理・発信を行っています。また、同様に、滋賀県米原市磯地区においても、同地域からカナダへ海を渡った人々の歴史や記憶に後世に伝え遺すための活動を展開しています。こうした地域に根差した研究会が、日本人移民・移住者の記憶を次世代に継承する上で大きな力となっています。
他にも、近年では、博物館・美術館も重要な役割を果たしています。和歌山県立美術館を中心に、県内外の団体と連携した「移民と美術」プロジェクトも始動し、日米の研究者による合同調査やシンポジウムの開催、オンライン授業の計画など、国際的な視点からの継承も模索されています。また、高知県でも、複数の博物館・美術館・図書館が中心になった「高知の移民文化発信プロジェクト」を実施していました。
こうした取組みは、地域の歴史を伝える大切な役割を果たすだけでなく、人口減少という課題に直面する地域にとって、まちづくりや教育に活かせる可能性もあります。いかにして次世代へとつないでいくか、地域の人々、教育機関、研究者、行政が連携し、未来への橋を架ける取組が求められています
最後に
本シリーズでは、全5本の記事を通して、日本人移民・移住者が郷里と継続的なつながりを有し、様々な形で郷里に貢献していたことを紹介しました。そして、決して遠い過去ではない日本人移民・移住者の記憶や痕跡は、時代の変遷とともに失われつつある点も紹介しました。筆者が各地域を訪問することで強く実感したことは、実際にいま遺っているものを記録として後世に遺すことができる期間はあと数年しかないのではないか、ということです。
日本人移民・移住者が郷里につながり、貢献した事実を多くの方に知って頂き、その保存・継承の取組がより一層進むことを心より願っております。
渡邊 倫 / WATANABE Rin
東京大学大学院人文社会系研究科博士課
現在に遺る日本人移民・移住者が出身地域に遺した記憶・痕跡に係る調査研究を実施中


