海を渡った日本人移民・移住者と郷里とのつながり

~現在に遺る日本人移民・移住者が出身地域に遺した記憶・痕跡~

高知県人中南米移住乃碑(高知県佐川町、2008年建立)

高知県人中南米移住乃碑
(高知県佐川町、2008年建立)

海を渡った日本人移民・移住者の歴史は、江戸から明治になった1868年に日本人労働者がハワイに渡ったことから始まります。そこから、ハワイを皮切りに、アメリカやカナダ、そして南米、その他アジア・大洋州へと広がっていきました。この背景には、移民を送り出した地域や、労働力を必要とした受け入れ国のそれぞれの産業・経済的な事情、地理的条件、さらには移民本人や家族の個人的な事情など、さまざまな要因が絡み合っていました。

その数は、合計で103.5万人(戦前79.6万人、戦後26.2万人)に上ります。

このように、日本人移民・移住者は、海を渡り新たな地を切り開いていきました。他方、こうした日本人移民・移住者は、決して日本から海を渡ったきりではなく、継続的に郷里とつながりを持ち続けていました。そして、この日本人移民・移住者と郷里のつながりは、様々な形で出身母村に影響を与えており、その記憶や痕跡は今でも出身母村に遺っています。

海を渡った日本人移民・移住者が郷里に遺したもの

崎山比佐衛氏(崎山比佐衛碑(本山町、1963年:ブラジル移民))

ブラジル移民崎山比佐衛氏碑
(高知県本山町、1963年建立)

日本人移民・移住者が、移住先において未開の地を開拓し新たな街を作り上げるといった貢献は広く知られています。他方で、同じように、郷里に対しても大きな貢献をしていたことをご存じでしょうか。

具体的には、働いて得た資金を送金や持ち帰り金といった形で郷里に送るだけではなく、例えば郷里の学校施設(講堂やグラウンド、体育施設など)の整備、ピアノの寄贈や教育基金の設置など教育面での支援、また、寺社の本堂の修繕費や、鳥居や玉垣、狛犬の新設に係る寄進など、多岐にわたる貢献をしていました。さらには、帰国者が海外の文化を取り入れた和洋折衷の住宅を建て、また地域に新たな暮らしの様式をもたらした人もいます。

そうした日本人移民・移住者が郷里とつながり続け、貢献してきた記憶や痕跡は、今も郷里のなかで見つけることができます。筆者が2023年に実施した調査では、日本全国で21県に66件の事例が残っていることが確認されています。

蛭子神社(山口県周防大島沖家室島)

蛭子神社
(山口県周防大島沖家室島)

今回のシリーズでは、海を渡った日本人移民・移住者がどのように郷里とつながり、そして貢献し続けていたか、さらにはその記憶・痕跡が郷里のなかでどのように遺っているのか、様々な事例を挙げながら紹介します。具体的には、①顕彰碑、②寺社仏閣への寄進、③教育施設への貢献などを紹介します。その上で、④現在、地域のなかで、日本人移民・移住者が出身地域に遺した記憶・痕跡を残し続けようとする保存・継承の取組について紹介します。

 

それでは、第2回では、日本各地に遺る日本人移民・移住者の記憶・痕跡として、顕彰碑に着目して紹介します。

 


渡邊 倫 / WATANABE Rin
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
現在に遺る日本人移民・移住者が出身地域に遺した記憶・痕跡に係る調査研究を実施中