戦争裁判の為、証人の事情聴取を担当する二世の通訳(1946年) 東京 Courtesy of the Seattle Nisei Veterans Committee and the U.S. Army
兵役

第二次世界大戦中、約3万3千人の二世男女が、戦線に出て、もしくは通訳その他の部門で、アメリカ軍で兵役に就いていました。政府によって親が強制収容所に監禁されている中、自分達の生まれた国のために生命の危険を犯すことで、二世兵士達は忠実な市民として、日系アメリカ人の一般的なイメージの回復に大きな役割を果たしました。

合衆国陸軍の第100歩兵大隊と第442連隊戦闘団は、当初志願兵で形成され、後にハワイとアメリカ本土の強制収容所からの徴兵が行われました。指揮官はほとんど全員が白人だったものの、兵士は全員日系二世でした。この部隊はイタリアとドイツでドイツ軍と交戦し、数多くの死傷者を出しました。もっとも悲惨だった戦いは「失われた大隊」の救出と呼ばれ、フランス北部でドイツ軍によって孤立させられた200人以上の元テキサス州兵を、二世兵士が救出したものです。この第100第442連隊は、その規模と戦闘期間を考慮すると、アメリカ軍史上、最も多く、その勇気を讃えられ、勲章を受けた部隊です。

太平洋地域では、アメリカ軍情報部に訓練を受けた二世の言語専門家が、入手書類を翻訳し、捕虜を尋問し、日本の占領、再建の援助に携わりました。戦時中の二世兵士の活動は、最高機密とされていました。戦後の日本国内において、二世兵士は、合衆国の関係者と日本国民の間で、言語的、文化的両面において橋渡しの役目を果たしたのです。

 

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戦争裁判の為、証人の事情聴取を担当する二世の通訳(1946年)
東京
Courtesy of the Seattle Nisei Veterans Committee and the U.S. Army

当時を語るインタビューから


(戦場で)ドイツ兵達を追い払った後、砲弾が降ってきていました。今度は私たちがドイツ軍の隠れ穴に飛び込む番です。一番下にいたんですが、砲弾がやって来るなか隠れ穴に走っていきました。F軍からのやつが一人、そこに飛び込んで来ましてね。最初は誰だかわからなかったんですが、すぐに見覚えのある顔だと気付きました。「アリゾナのメサから来たマス・イケダじゃないかい?」 「そうだよ」「故郷からどんなこと言ってきてる?」って家のことを話し始めました。砲弾はドンパチ爆発していたのですが、気にもとめませんでしたよ。ただ家のことを話してました。誰かが故郷の話をするのを聞くのがうれしくてね。砲弾は炸裂して、救急隊員を大声で呼んでいるやつや、叫んでるやつもいましたが、私達はそんなこと気にもしませんでした。

ジョージ ジョー・サカト

第442連隊戦闘団の兵士で、失われた大隊の戦いの功績により名誉勲章を受ける