一世の日系コミュニティーの指導者達 ワシントン州、シアトル Courtesy of Densho, the Uyeda Groves Family Collection
第二次世界大戦前の情報報告

1930年代、情報各局は、戦争の際、アメリカの国家安全を脅かす可能性のある外国に関する情報を収集していました。連邦捜査局、アメリカ海軍や民間の捜査機関は、危険とみなされるつながりを持つ外国人達の身上調書を作成していたのです。フランクリン・ルーズベルト大統領は、日系一世と二世に関する情報報告も指示しています。その結果、開戦の際、日本人の血を引く人達は、他のどの団体と比べても、特に危険度は高くはないと報告されました。捜査員達は、ほどんとの一世は、合衆国に少なくとも消極的ながらも忠実で、二世は、アメリカ市民としての強い自覚を持っているという見解を示したのです。それでも人種的な偏見から、アメリカ政府は、ドイツ人とイタリア人に対しては、特別人物だけ厳密調査したのに比べ、日系人は全員危険性があるとしました。連邦捜査局は、日系一世を宣戦布告の際に逮捕すべき「容疑者」として挙げ、A,B,Cにグループ分けしたリストを製作しています。「A」のグループは文化団体、または日本を援助するような団体の指導者達、「B」はそれよりは疑惑度の低い一世達、「C」は日本団体への寄付者、日本語学校教師と仏教僧でした。個人的な恨みから、一世の競争相手の名前を、連邦捜査局に密告するという場合もみられます。大戦中に20人の日本政府の工作員が逮捕さましたが、全員白人で、日本人の血を引いた情報部員は皆無でした。ちなみに、第二次世界大戦前、戦中、戦後を通して、スパイ行為や妨害行為で、有罪判決を受けた日系人は一人も存在しません。

 

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一世の日系コミュニティーの指導者達
ワシントン州、シアトル
Courtesy of Densho, the Uyeda Groves Family Collection

当時を語るインタビューから


父が連行されました。連邦捜査局が(モンタナ州の)ミズーラにしょっぴいて行ったんです。その間に誰かがやって来て、父の所持品を全部箱に詰めて、どこかへ保管してしまいました。とにかく、突然やって来ていろんな人を連れて行ったのです。数年前に地区の人に聞いてまわったことがあります。「どうやって、誰を連行するか決めたんだろう?」と聞いたら、老齢の二世の人が「知らないのかい?」って言うんですよ。「知りませんよ。どうやってですか?」「犬だよ。」「犬ってそれはどういう意味ですか?」「やつらのことさ。」 密告者のことを犬と呼んでたんですね。日本のコミュニティーの中で、誰か団体に属していたりする人の名前を提供した人がいたんです。日の丸会という、日本陸軍に入っていた人達のための、日本の軍部団体がありました。父は陸軍にいたんです。一年やそこら召集されましてね。騎兵でした。日本商工会議所にも入っていたんです。特に活動していたわけではありません。入会するのが普通だったんで入ったんでしょう。日の丸会にも、ただ入会するものだからというだけの理由で入ったんです。一度くらい集会に行ったかもしれませんがね。連邦捜査局は全部情報を握っていましたから、会員だったことは間違いないんでしょうけど。

タッド・サトウ

軍事隔離地区外の鉄道工事に就いて、拘留を回避したシアトル出身の二世