イチゴを収穫する一世達(1910年) ワシントン州、ケント Courtesy of the University of Washington Libraries
反日土地法

1913年に始まり、反日的な政治圧力から、日本人移民にアメリカ西海岸地域での農地を購入、または借入を禁じた外国人土地法が制定されました。意図は人種差別的なものと、経済的理由の双方でした。この支持者達は西海岸地域は「白人の土地」であるとして、一世が荒地を実り豊かな農場に変えていくのに敵意を抱いたのです。

この法はかなり回避的な表現になっています。「市民権を取得できない外国人」は農地を購入、または借り入れができないとしているのです。この部分は、アメリカ市民権を「自由身分の白人」と「アフリカ人の血を引いた者(元奴隷)」に与えるとする連邦移民法から来たものでした。アジア人はアメリカ市民権を取得することが許されず、従ってこの土地法は、アジアからの移民だけに適応される結果となったのです。

一世は、当初、親日派の人から土地を借りるか、アメリカ市民である子供達の名前で土地を買うなどして、この禁止令を回避することができていました。その後、より厳しい土地法によって、その生活は困難なものとなり、この新天地で歓迎されない存在であることを、ひしひしと感じさせられることになるのです。これらの外国人土地法が撤回されたのは、1950年代に入ってからでした。

 

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イチゴを収穫する一世達(1910年)
ワシントン州、ケント
Courtesy of the University of Washington Libraries

当時を語るインタビューから


父と父の友達が全部で四家族集まって、ワシントン州のトーマス村に50エーカー(約6万坪)ほどの土地を買いました。沼地でしてね。父達が排水溝を作って、木の切り株をダイナマイトを使って掘り起こしていたのを覚えていますよ。年々、だんだん整地していってね。四家族がそれぞれに家を建てました。外国人土地法が布かれていたもので、一番上の子供の名前で、その土地を購入していたんです。1920年頃でしたか、新鋭のキング郡の検察官が、知事の座を狙っていましてね。それで、土地法関係の裁判を利用して、評判を得ようとしたんです。彼はそれは多くの一世の農夫達を起訴しましたよ。私達の一件では、父達がごまかして、土地の購入を行ったと言い立てたんです。その結果、土地と、そこに自分達で建てた家は没収されました。それで父達は、自分達の土地を没収したその州から、今度は土地を借りなければならないはめになってしまったんです。

ジム・ヒラバヤシ
サンフランシスコ州立大学名誉教授、人類学部創設者