ピクニックする一世達(1918年) ワシントン州、シアトル Courtesy of Densho, the Okawa Family Collection
一世と初期の移民

一世とは、アメリカ大陸に渡って行った日本人移民の最初の世代を指します。1861年から1940年の間に、約27万5千人の日本人がハワイとアメリカ本土に移民しました。一世達は、何十年と移民先の土地に住んでいたものの、文化的には祖国日本との強い絆を保ち続けました。当初の男性労働者の時代は、花嫁達の移民によって、根を張った地域社会へと変貌を遂げていきます。一世達のアメリカでの体験は、人種的偏見とと法的差別にふちどられたものでした。最も大きな制約は、アメリカの市民権を得ることを禁じられていたことです。日本との宣戦が布告された後、一世全体は即時に敵国民となり、法的に抑留の対象とされます。その後1952年の移民法改正を待って、一世はようやくアメリカの市民権を取得することができるようになったのです。一世の男性は、第二次大戦中強制立ち退き、監禁を受け、一家の家長、そして地域社会の指導者としての立場を失います。老年期になって監禁生活から開放された後も、経済的にも精神的にも立ち直れないままになってしまった一世の人たちも多くありました。

 

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ピクニックする一世達(1918年)
ワシントン州、シアトル
Courtesy of Densho, the Okawa Family Collection

当時を語るインタビューから


私の父親は一世でした。中学校の義務教育しか受けていませんでしたが、思索好きな人で、お寺のお坊さん達と、酒を酌み交わしていましたよ。哲学的な話にふけるのが好きでね。時々一緒について行って、座って聞いていたものです。両親を敬えなんてことを言ってました。裸で生まれて裸で死ぬんだから、生きてる間に何か良い事をしようとか、そういう話でしたよ。よく「客は丁寧に扱わないといけない。そうしたらまた来てくれる」と言ってました。そんな大げさなことじゃありません。お説教というのでもないのですが、だたそういったことを考えていたんですね。世界は広いとも言ってました。旅をしなければいけないとね。旅は視野を広げると言っていたものです。

トミオ・モリグチ
出身地の四国の宇和島から名前を取った食料品店の二世経営者